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広島地方裁判所 平成4年(ワ)1076号 判決

広島市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

山田延廣

右訴訟復代理人弁護士

中田憲悟

山口格之

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

青海利之

木村保男

的場悠紀

川村俊雄

大槻守

中井康之

福田健次

大須賀欣一

湯川健司

主文

一  被告は、原告に対し、二九三万六九〇八円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、二四〇九万七一四〇円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告会社の営業担当者の違法な勧誘により、株式及び外貨建てワラントを購入させられ、その結果、損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき右損害の賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  被告は、有価証券の委託売買・自己売買、株式や公社債の引受・募集・売出し等の業務を行っている会社である。

2  原告は、昭和五七年八月、被告との間で、投資信託の取引を始め、昭和五九年、株式の現物取引を始めた。

3  昭和五九年から昭和六二年二月までは、被告会社従業員Bが原告を担当し、昭和六二年三月以降は、同社従業員Cが担当した。

4  原告は、平成元年、国際証券株式会社(以下「国際証券」という。)との間で、国債の取引を始め、平成元年八月から平成五年六月までの間に、別紙ワラント取引経過表記載のとおり、外貨建てワラントの売買をした。

5  国際証券では、同社従業員D及び同Eが、原告を担当した。

6  原告は、被告の仲介により、昭和六二年三月から平成二年八月頃までの間に、別紙1ないし5記載のとおり、株式を購入した(以下、別紙3五八番の曙ブレーキ株式、別紙5五番の池貝鉄工株式、別紙3六二番の新日鉄株式、別紙4六六番・六七番・六八番・七〇番の飯野海運株式、別紙4六九番・七二番の極洋株式を合わせて「本件株式」といい、これらを購入した取引を「本件株取引」という。)。

7  原告は、被告から、平成元年一一月一七日、キャノン第三回外貨建てワラント(以下「本件キャノンワラント」という。)を代金七〇七万八五〇〇円で買い付け、平成二年七月一九日、日商岩井第三回外貨建てワラント(以下「本件日商岩井ワラント」という。)を代金三一一万八六四〇円で買い付けた(以下、これらを合わせて「本件ワラント」、これらを買い付けた取引を「本件ワラント取引」、本件株取引と合わせて「本件取引」という。)。

本件キャノンワラントの権利行使期限は、平成五年一月二七日であり、本件日商岩井ワラントの権利行使期限は、平成五年二月二四日であった。

三  争点

1  本件株取引の違法性(断定的判断の提供・作為的相場形成回避義務違反・虚偽又は誤解を与える表示)

2  本件ワラント取引の違法性(適合性の原則違反・説明義務違反)

3  原告の損害額(過失相殺を含む)

四  原告の主張

(本件株取引の経緯)

Cは、平成元年頃から、原告に対し、仕手筋の情報をもとに株を勧誘するようになった。Cは、本件株取引に先立ち、原告に対し「自分の友人が市場新聞におり、その情報によると仕手筋が入っているから必ず値上がりする。」等と言って勧誘した。当時、本件株式は、いずれも、最高値であった。原告は、高値づかみはしたくない旨を告げたが、Cの「絶対値上がりするから。」という執拗な勧誘によって、購入を約束した。

(本件ワラント取引の経緯)

1 平成元年一一月一七日、Cは、原告に対し、電話で、本件キャノンワラントの購入を勧誘した。原告は、この頃、既に国際証券との間でワラント取引を行っており、被告とは貯蓄性の高い証券取引をするつもりでいたので、一度は断った。その直後、Cから、再度、勧誘の電話がかかってきた。原告は、Cから「絶対利益を持ってくるから」と言われたため、これを購入することを承諾した。原告は、右の勧誘に際し、Cから、ワラントの内容及びリスクについて、説明は受けていない。

平成元年一一月二四日、被告の他の従業員がCに依頼されて決済のため、原告宅を訪れた。その際、原告は、右従業員から、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙四)の交付を受け、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五)に署名押印した。右従業員は、ワラントについての説明はしなかった。また、右署名押印は、書類の内容を確認したうえで行ったものではない。

2 平成二年七月一九日、Cは、原告に対し、本件日商岩井ワラントの購入を勧誘した。原告は、一度は断ったが、「値下がりしている今が一番」と言われたため、本件日商岩井ワラントを購入することを約束した。原告は、この取引の際にも、ワラントについての説明は受けていない。

3 平成四年二月頃、Cが、F(被告会社広島支店長)を同伴して、原告宅を訪れた。原告は、両名から本件ワラントについての状況説明を受け、この時初めてワラントが権利行使期限の経過により無価値になること、本件キャノンワラントの価格が二〇〇万円弱に下落していることを知った。

4 平成四年四月頃、原告は、本件キャノンワラントを約四〇万円で売却した。その後、原告は、被告会社に対して、違法な勧誘によって損害を受けたとして、抗議した。

(本件株取引の違法性)

1 Cは、本件株式について、仕手筋の介入により、実勢を反映しない相場が形成されようとしているのを知りながら、原告を勧誘したのであるから、右勧誘は、証券取引法五〇条一項五号・平成三年一二月大蔵省令五五号による改正前の証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号、以下「証券会社の健全性の準則等に関する省令」という。)一条三号に違反し、違法である。

2 Cは、本件株式について、「仕手筋が入っている」という虚偽の表示ないし誤解を生ぜしめるべき表示をしたのであるから、右勧誘は、証券取引法五〇条一項五号・証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号に違反し、違法である。

3 Cは、本件株式について、「必ず値上がりする」という断定的判断を提供して勧誘したのであるから、右勧誘は、証券取引法五〇条一項一号に違反し、違法である。

(本件ワラント取引の違法性)

1 ワラント取引の危険性

(一) ハイリスク・ハイリターン(価格変動の大きさ)

ワラントの価格は、株価に連動して決まるが、株価の変動率の何倍もの変動を生じる(ギアリング効果)から、ワラントは、ハイリターンであると同時にハイリスクを伴う商品である。

(二) 権利行使期限の存在

ワラントには、権利行使期限が予め定められている。株価がワラントの権利行使価格を上回らず(この場合には、ワラントを行使するメリットがない)。権利行使期限を経過した場合には、権利が失効消滅する。また、株価が権利行使価格を下回るとワラントの実質的価値がなく、売却が困難となり(あるいは、権利行使期限のうち最後の一定期間は残存期間が短いため取引されないことがある)、権利行使期限内に転売できない場合には、ワラント取引に投資した金額の全額を失うことになる。

このように、権利行使期限を過ぎるとワラントは無価値となり、投資金額の全額を失う危険性がある。

(三) 価格決定・流通過程の不明朗さ

ワラントの取引価格は、ワラントの理論価値であるパリティ(現在の株価と権利行使価格の差額に一ワラント当たりの引受株式数を乗じた額)に将来の株価上昇の期待値であるプレミアムを加えたものになる。外貨建てワラントの場合は、株価のほか売買時の為替レートによる円換算が必要になる。ワラントの取引価格は、価格構造が複雑で理解しにくい。

そして、外貨建てワラントは、国内の証券取引所には上場されておらず、国内の証券会社と店頭で相対取引となる(証券会社が、手持ちないし他から調達したワラントを客に売り、また自ら買主となって顧客のワラントを買う。)ため、価格形成は極めて不透明である。

しかも、ユーロドル・ワラントの気配値は、平成元年五月一日から、特定銘柄に限って、日本証券業協会によって発表され、平成二年九月二五日から、日本相互証券で行われる外貨建てワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになっただけである。ワラントの取引価格は、株価のように一般紙には掲載されず、価格情報に欠陥がある。一般投資家のワラントの価格に対する理解・判断が困難であり、ワラント取引の危険性を増幅させている。

また、外貨建てワラントは、原証券自体はユーロ債権集中振替決済機構に保管され、顧客には証券会社発行の預り証が交付されるだけである。この預り証には銘柄等の記載があるのみで、当該証券の権利内容がほとんど明記されていない(パリティの計算も不可能であり、権利行使期間があることも知り得ない。)。金融証券としての明確性に欠ける。この点でも投資家に対し情報が十分に与えられていない。

2 適合性の原則違反

(一) 証券取引は、その性質上、ある程度の投資の危険を伴うものであり、投資家が自由な判断と責任において行った証券取引の結果については投資家自身が引き受けるべきものである(いわゆる自己責任の原則)。これは証券取引に伴うリスクの範囲を判断し得る地位にある投資家が、その判断に基づいて行った取引の責任を負担する、ということである。その前提として、投資家に十分な質と量の情報が与えられること、及び投資家が適切な情報を与えられさえすれば自ら投資判断をなし得る者であることが必要である。

(二) 証券会社は、顧客を勧誘するにあたって、顧客の属性、資産状態、資金の性格、投資の目的や趣旨、投資経験の有無や内容に照らし、顧客に最も適合した取引への投資勧誘のみをなすべき義務を負う(適合性の原則)。

外貨建てワラントに関しては、前記問題点に照らし、一般投資家が適合性を持たないことは明白である。一般投資家にワラント取引を勧誘すべきではない。

仮に、一般投資家にワラント取引を勧め得るとしても、次のとおり、株取引とは異なる厳格な取引開始基準によるべきである。

(1) ワラント取引のメリット、デメリットを理解し、リスクヘッジを行うことのできる判断能力と資金力があること

(2) ワラントの適正価格が判断できる能力があること

(3) 取引の最適なタイミングを見極められること(価格情報開示の状況を理解し、価格情報を入手できる能力があること)

(4) 権利行使に必要な資金調達能力があること

(5) 投資全額損失の覚悟とこれに耐えられる資金力のあること

(三) 原告のワラント取引適合性

原告は、開業医で、かつ主婦として子供も育てており、投資につき専門的に研究する余裕はなかった。本件ワラント取引以前にも株取引やワラント取引の経験があるものの、当初は、国債・投資信託等の安全な取引を行っていたところ、国際証券や被告会社の担当者から勧められて始めたものであり、その後もこれら担当者の指示に従って取引していたにすぎない。

したがって、本件ワラント取引の勧誘は、適合性の原則違反であって、違法な勧誘行為である。

3 説明義務違反

(一) 証券会社は、顧客に比較して、隔絶した取引知識や情報・能力を有している。一般投資家である顧客は、全面的に証券会社を信頼して取引を行っており、かかる社会的信頼のもとに証券会社は多大な利益を取得している。更に、一般投資家が証券取引のシステムやリスクを十分に理解することは容易ではない。当該商品の内容を十分に理解しないまま取引が行われるとき、当該取引は自己責任の原則の前提条件を欠くに至る。

したがって、証券会社は、顧客との取引を行うに当たり、当該商品の内容を十分に説明し、顧客がこれを理解したことを確認する義務を負う(説明義務)。

(二) ワラントが前記のような危険性を持ち、周知性のない商品であることからすると、被告会社がこれを顧客に勧誘するにあたっては、極めて慎重かつ具体的な説明・確認を行う義務がある。説明義務の内容は、ワラントの性質及びシステムの全体に及ばなければならないが、次の点の説明を落としてはならない。

(1) ワラントが、一定期間内に、一定価格で、一定株数の新株を購入できる権利を有する証券であること。

(2) ワラントの権利行使価格と権利行使による取得株式数、権利行使期限

(3) ワラントは、価格変動が激しく、紙屑になることすらあり得るリスクの高い商品であること

(4) 外貨建てワラントが非上場商品であり外国証券であること、特定銘柄の業者間の前日気配値が一部専門紙にポイントにて発表されているにすぎないこと、購入時期によっては気配値すらなく証券会社以外からは情報が一切得られないこと等の価格に関する情報についての説明

(5) 購入、売却ともに証券会社との相対取引になること

(三) 原告に対する説明義務・確認義務の履行について

原告は、本件ワラント取引以前にも、国際証券との間でワラント取引を行っていた。しかし、原告は、右国際証券との取引に際して、担当者からワラントについて十分な説明を受けておらず、その後もワラントを理解しないまま担当者の指示どおりに売買を繰り返していたにすぎない。また、原告は、国際証券でワラント取引を始めてから本件ワラント取引に至るまで、二か月間で数銘柄のワラント取引をしたにすぎないから、ワラントについて十分な経験を積んでいたとはいえない。したがって、Cは、原告に対して、ワラントについて、初心者に対するのと同様の説明をすべきであった。

Cは、本件ワラントの勧誘に際し、ワラントの危険性について説明しなかった。「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙四)は、本件キャノンワラントの取引後、被告の会社の従業員がCに代わって原告宅を訪れた際、交付されたものである。その際にも、右従業員から、ワラントについての説明はなかった。また、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五)も、このとき作成されたものであり、原告はその意味内容を理解しないまま署名押印したにすぎない。

(損害額について)

1 原告は、本件株式を購入するため、合計二二九二万四〇〇〇円を出捐した。被告の違法行為がなければ、原告は本件株式を購入しなかったはずであるから、右出捐合計額から現在まで保有している本件株式の時価合計額八五二万四〇〇〇円を差し引いた残金一四四〇万円が損害となる。

2 原告は、本件ワラントを購入するため、合計一〇一九万七一四〇円を出捐した。被告の違法行為がなければ、原告は本件ワラントを購入しなかったはずであるから、右出捐合計額から、本件キャノンワラントを売却したことで取得した代金四〇万円と現在まで保有している本件日商岩井ワラントの時価一〇万円を差し引いた残金九六九万七一四〇円が損害となる。

3 したがって、損害額は合計二四〇九万七一四〇円である。

五  被告の主張

(本件株取引の経緯)

原告は、昭和五九年から昭和六二年二月まで、被告との間で、買付だけでも七六回の株取引を行い、その中には仕手株も含まれていた。原告は、当時の担当者であるBから、会社の業績、経済社会の状況とともに、チャートブックによる株の値動き、需給関係に関するかなりテクニカルな説明を聞いたうえで株取引を行っていた。昭和六二年三月以降、原告は、別紙1ないし5記載のとおり、株取引を行った。当時の担当者であるCも、各銘柄を勧誘する際には、会社の業績、経済社会の状況とともに、需給関係に関する情報を提供していた。Cは、情報を提供する際、新聞に載っている以外のものについては、会社四季報の業績予想や、チャートから見た値動き・需給関係等、情報源や根拠も示したうえで説明した。右情報の中には、Cの友人である株式市場新聞の記者から聞いた話も含まれていたが、これだけを材料に株取引を勧誘したわけではない。また、必ず儲かる等と言って勧誘したことはない。

(本件ワラント取引の経緯)

平成元年八月頃、原告は、EとDから、ワラント購入の勧誘を受け、その際ワラントの意味、特徴(ハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期限があること)及び銘柄選びの点について説明を受けた。それ以降平成元年一一月までに、原告は、国際証券との間で、別紙ワラント取引経過表記載のとおり、六銘柄のワラント取引を行い、ワラントについて熟知していた。

平成元年一一月一七日頃、原告は、Cに電話をして、本件キャノンワラントの値段を問い合わせた。Cは、これに応じて被告会社本社のワラント部に電話をして値段を問い合わせ、原告に対して三九ポイントであると答えたところ、原告は、本件キャノンワラントの買付を注文した。Cは、原告の方から具体的銘柄を指定して注文してきたので、原告は既に他の会社でワラント取引をして、ワラントを熟知しているものと判断し、この注文に応じた。

平成二年七月一九日、原告はCに電話をして、本件日商岩井ワラントの買付を注文した。Cは、右注文に応じて、本件日商岩井ワラントの取引をした。

(本件株取引の適法性)

原告は、株取引の経験が豊富で、値動きが荒い株を好む傾向があった。また、Cは、友人からの情報のみならず、会社四季報・チャートブック等、多方面からの情報をもとに本件株式の将来性を判断し、しかもこれらの情報源や根拠を示して勧誘したものであるから、本件株取引の勧誘が違法性を有するとはいえない。

(本件ワラント取引の適法性)

1 ワラントの危険性について

(一) ワラント取引で生じる損失は、投資金額に限定されており、追加損失のおそれはない。また、その損失額は、株の引受価格に比べてごく小さいワラント価格の範囲に明確に限定されている。

(二) ワラントの価格は、パリティとプレミアムからなるが、プレミアムが作用して価格が不明朗になる点は株も同様であり、ワラントについてのみこれを特別視すべきではない。

(三) 外貨建てワラントはルクセンブルク等外国市場では上場されており、国内の投資家も外国市場に注文を出すことが可能であるし、日本国内においても外資系証券会社も含めた多数の証券会社同士の間には十分な競争関係があり、市場と呼ぶに相応しいだけの価格機構が作用している。したがって、外貨建てワラントが上場取引されていないからといって、直ちにその価格形成が不明朗ということはできない。

2 適合性の原則違反について

(一) 外貨建てワラントは、機関投資家に限定すべきほど危険なものではなく、株式と異なる点は、権利行使期限の制約があること、変動幅が株価より大きいこと、為替の影響があることにすぎない。したがって、外貨建てワラントの適合性として要請される基準は、次のとおりである。

(1) 株取引を初めとする証券取引の知識経験があること

(2) 一定規模の預り資産を下回らず、過大な額のワラント投資に至らぬようにすること

(二) 原告は、被告との間で、五年以上にわたり、買付回数だけでも一三〇回以上の株取引を行い、証券取引の知識及び経験の豊富な投資家であった。原告は、短期に値動きする株を好む傾向が顕著であった。原告は、本件ワラント取引以前に国際証券との間で六銘柄のワラント取引の経験があり、ワラントについても経験のある投資家であった。本件ワラントの取引額は、原告の預託資産に比し、過大なものとはいえない。

したがって、原告は、自ら的確な投資判断をすることができ、資金力もある投資家であって、ワラント取引について十分に適合性を有する。

3 説明義務違反について

原告は、本件ワラント取引以前に、国際証券との間でワラント取引を行い、その際、ワラントについて、十分な説明を受けて熟知していた。また、本件ワラントは、原告の方からCに対して具体的銘柄を指定して注文したものである。したがって、Cがワラントについて具体的な説明をせずに右注文に応じたとしても、違法とはいえない。

(損害額―過失相殺について)

仮に、Cの行為が違法であったとしても、原告は、豊富な株取引の経験を有するうえ、国際証券との間ではワラント取引の経験もあり、ワラント取引について十分に投資判断をできるはずであった以上、大幅な過失相殺をすべきである。

第三当裁判所の認定した事実

一  本件取引の経過について

当事者間に争いがない事実に本件証拠(甲七一、甲九二、甲九三、甲一一三ないし一一五、乙一の1ないし6、乙二の1ないし26、乙三の1ないし10、乙四ないし七、乙一九ないし三三、乙三五の1ないし6、乙三六の1ないし3、乙三七の1ないし4、証人Cの証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和二四年○月○日生)は、夫(G)とともに歯科医院を開業する医師であり、同時に、三人の子供(H・I・J)を育てる主婦であった。

2  本件取引に至るまでの経過

(一) 被告証券会社との取引経過

原告は、昭和五七年八月、被告会社との間で投資信託の取引を始め、昭和五八年、被告会社の担当者がBに代わってからは、同人の勧誘で株式の現物取引を始めた。昭和六二年三月、被告会社の担当者がCに代わってから、原告は、被告との間で、別紙1ないし5記載のとおり、証券取引を行った(ただし、別紙5記載の取引はH名義で行われた。)。右取引は、七〇回を超え、一回の取引額は一〇〇万円ないし五〇〇万円くらいで、株の現物取引が多かった。また、購入後、比較的短期間のうちに売却し、中には購入後、数日間で売却したものもあった。

昭和六二年頃におけるCの原告に対する投資勧誘の方法は、Cが原告の自宅を訪問し、原告に対して、チャートブックを示し、また、新聞や雑誌等から得た情報を提供して、各銘柄の値動き等について説明するというものであった。原告は、自ら業界誌を購読して銘柄を選ぶというよりは、主として、Cが用意した銘柄の中から、Cの説明に基づいて選択するという形で取引していた。

平成元年頃、Cの勧誘は電話が中心になり、代金の決済については、C以外の被告会社の従業員がCに代わって原告宅を訪れてこれを行うようになった。右の従業員は、決済や手続書類の作成等を担当するのみであった。

(二) 国際証券との取引経過

(1) 国際証券の営業担当職員であるDは、平成元年三月頃、高額納税者リストを利用した電話勧誘で原告に取引を依頼し、原告がこれに応じて原告と国際証券との取引が開始した。原告は、国際証券においては、平成元年三月から同年八月までの間は、毎月一〇〇万円の単位で長期国債ファンドを購入するのみで、株式等他の商品は全く購入していない。原告は、右の国債取引を、自己名義のほか、G・H・I・Jの各名義で行った。

(2) 平成元年八月頃、Dとその上司であるEが原告宅を訪れ、全日空ワラントの購入を勧誘した。Eらは、原告に対して、ワラントが新株引受権を表章するものであること、ワラントの仕組(パリティ・プレミアム等)、ワラントの特徴(株価に連動するが株より値動きが荒いこと・権利行使期限があること・為替の影響があること)を、雑誌のコピーや社内用印刷物を示して、また、計算式を用いて、三〇分ないし六〇分くらいをかけて説明した。ただし、権利行使期限については、これを経過すると無価値になる点についてまでは説明しなかった。

原告は、Eらの説明により、ワラントがハイリスク・ハイリターン商品であること及びワラントが新株引受権を表章する権利であることは理解できたものの、権利行使期限の正確な意味内容等その他の説明内容を理解することはできなかった。しかし、原告は、Eらの説明に基づいて、全日空ワラントを代金七五六万円で購入することにした。原告は、ワラントの購入資金にH名義で預託していた長期国債ファンドの預かり金を使うことにして、ワラントの購入も同人の名義で行うことにした。原告は、Eらからワラント取引の勧誘を受けるに際し、ワラントの商品性について説明した国際証券発行の「ワラント取引のあらまし」と題する小冊子の交付を受けたが、そこには、ワラントが期限付き商品であり、権利行使期限が終了すればその価値を失うとの特質を持っていることが記載されている。

以上の認定に関し、乙第三六号証の1(証人調書)の二五六項以下には、Eが権利行使期限経過後はワラントが無価値になる旨を説明した旨の記載がある。しかし、右証人調書には、次のとおり、Eの証言が記載されている。

(被告代理人)

「次に、先程あなたがワラントの特徴として挙げられた一つに、期限付だということもあると言いましたね。」

(証人E)

「はい。」

(被告代理人)

「この期限がある点については、どういう説明をしましたか。」

(証人E)

「期限があるということの説明ですか。」

(被告代理人)

「はい。ただ期限があるということだけ。」

(証人E)

「はい。そうです。」

(被告代理人)

「期限が経過した場合にはどうなるという話はしましたか。」

(証人E)

「価値はゼロになると。まあ、行使価額を上回っていないとあれですけれども、結局、価値はゼロになります。」

(被告代理人)

「そういう説明をしたんですか。」

(証人E)

「はい。」

以上のうち、第三項目を見ると、被告代理人の、ただ期限があるということだけを説明したのかという質問に対し、証人Eは、「はい。そうです。」と答えており、第四項目の回答は、被告代理人から指摘されて初めて答えたものであり、これらを総合すると、期限経過後はワラントが無価値になる旨の明確な説明はなされていないことが窺われ、これに原告本人尋問の結果を合わせて考えると、期限経過後はワラントが無価値になる旨の説明はなされていないと推認するのが相当である。

(3) 平成元年九月以降、原告は、Dの勧誘で、国際証券との間で、別紙ワラント取引経過表記載のとおり、ワラントの売買を行った。なお、各銘柄の勧誘の際に改めてワラントについての説明がDから原告に対してされることはなかった。

3  本件株取引の経過

(一) 平成元年一〇月頃、Cは、原告に対し、「業界誌の友人からの情報で、仕手筋が入っており、値上りが見込める。」と、曙ブレーキ株式を勧誘した。平成元年一〇月五日、原告は、右勧誘により、被告の仲介で、曙ブレーキ株式を一株一一五〇円で三〇〇〇株(以下「本件曙ブレーキ株」という。)、代金三八四万七一三一円で買い付けた。

(二) 平成元年一一月頃、Cは、原告に対し、曙ブレーキ株式と同趣旨の勧誘文言で、池貝鉄工株式の購入を勧めた。平成元年一一月二八日、原告は、右勧誘により、被告の仲介で、池貝鉄工株式を一株九二〇円で二〇〇〇株(以下「本件池貝鉄工株」という。)、代金一八六万一〇一二円で、H名義で買い付けた。

(三) 平成元年一二月頃、Cは原告に対し、値上りが期待できると新日鉄株式を勧誘した。平成元年一二月一二日、原告は、右勧誘により、被告の仲介で、新日鉄株式を一株八二六円で四〇〇〇株(以下「本件新日鉄株」という。)、代金三三三万九七七八円で買い付けた。

(四) 平成二年三月頃、Cは、原告に対し、「業界誌の友人からの情報で、仕手筋が入っており、値上りが固い。」と、飯野海運株式を勧誘した。平成二年三月一日、原告は、右勧誘により、飯野海運株式を一株二九二〇円で一〇〇〇株(以下「本件飯野海運株一」という。)、代金二九五万二一三六円で買い付け、同日、飯野海運株式を一株二九三〇円で一〇〇〇株(以下「本件飯野海運株二」という。)、代金二九六万二二三九円で買い付けた。

(五) 平成二年四月頃、原告は、飯野海運株式が値下がりしたため、電話でクレームを付けた。これに対して、Cは、「仕手筋はまだ介入しているから、下がっている今、買い足して単価を下げてほしい。」と、いわゆるなんぴん買いを勧めた。平成二年四月一二日、原告は、右勧誘により、飯野海運株式を一株一六三〇円で一〇〇〇株(以下「本件飯野海運株三」という。)、代金一六四万八八四九円で買い付けた。

(六) 平成二年五月二九日、原告は自らの判断で極洋株式を一株一五七〇円で二〇〇〇株(以下「本件極洋株一」という。)、代金三一七万四二五七円で買い付けた。

(七) 平成二年六月頃、Cは、原告に対し、再びなんぴん買いを勧誘した。平成二年六月五日、原告は、右勧誘により、飯野海運株式を一株一九〇〇円で一〇〇〇株(以下「本件飯野海運株四」という。)、代金一九二万〇一八八円で買い付けた。

(八) 平成二年八月二九日、原告は自らの判断で極洋株式を一株九〇五円で二〇〇〇株(以下「本件極洋株二」という。)、代金一八二万九三五三円で買い付けた。

(九) その後、本件株式のいずれもが下落し、現在の株価は、曙ブレーキ株式が六四〇円、新日鉄株式が三七四円、飯野海運株式が五八八円、極洋株式が七四九円、池貝鉄工株式が四九三円である。

4  本件ワラント取引の経過

(一) 平成元年一一月頃、原告は、手元に余裕資金があったため適当な運用元を相談するためにCに電話した。その際、Cからワラントを勧誘され、平成元年一一月一七日、本件キャノンワラントを代金七〇七万八五〇〇円で買い付けた(権利行使期限は、平成五年一月二七日)。

この電話の際、Cは、ワラントが株価に連動する新商品で株よりも値動きが荒いという点については説明したが、その他のワラントの商品性については説明しなかった。当時、原告は国際証券においてワラント取引をしていたが、Cは原告に尋ねることはせず、原告もその旨をCに告げてはいない。

以上の認定に関し、証人Cは、原告の方から本件キャノンワラントの銘柄を指定して値段を問い合わせてきた旨証言する。しかし、甲第三八ないし第五六号証、第八三号証、乙第八ないし第一一号証の各1ないし3、第一二号証の1ないし5、第一三号証の1ないし3、第三七号証の1ないし4、第四五、第四六号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成元年一一月当時、株式については相当の取引経験はあったが、歯科医として働く傍ら三人の子の母としての育児も担当しており、投資株式の選定は証券会社の営業担当者の勧めを聞き、その中から選定していたもので、自ら業界誌、専門雑誌等を検討して購入株式を決めるということはほとんどなかったこと、原告は、本件ワラント購入以前に国際証券で六銘柄のワラントを買い受けているが、すべて国際証券の営業担当者の勧めによるものであり、原告から銘柄を指定したことはなかったこと、平成元年一一月時点における外貨建てワラントの周知性については、平成元年四月一九日決議、同日施行の日本証券業協会理事会決議「外国新株引受権証券の店頭気配値発表及び投資勧誘について」が証券会社に対して、取引開始基準を設けること、取引を行うにあたっては、説明書を交付し確認書を徴求しなければならない旨を定め、また、ワラントの価格は証券会社に問い合わせるか、情報提供機関であるクイックが提供する情報端末を利用することによってしか知る手段はない状況であり、原告のような一般個人投資家が投資対象を吟味するための材料はこれを取得することは困難であるという状況であったことがいずれも認められる。これらの諸事情を考慮し、原告本人尋問の結果を勘案するならば、証人Cの前記供述は採用し難い。

(二) 平成元年一一月二四日、Cに依頼された被告会社の従業員が決済のため原告宅を訪れた。その際、原告は、同人から、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙四。右説明書には、ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券です、との記載がある。)の交付を受け、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五。なお、右確認書には、「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います、との記載がある。)に署名押印した。右各書面を持参した被告会社の従業員は、説明書を交付したのみであり、右説明書に基づいて口頭で説明はしていない。

なお、右決済の際、原告は預り証の交付も受けた(同書面には権利行使期限が記載されているが、右期限が経過すると無価値になるとまでは記載されていない。)。

(三) 平成二年四月頃、日本証券業協会の指示で、前記説明書(乙四)と確認書(乙五)の様式が変更されることになった。被告証券会社は、右の各書面を、それぞれ、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書・外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)と、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙七)とに改訂した。

平成二年四月二日、C以外の被告会社の従業員が、右改訂版の交付のため、原告宅を訪れた。原告は、右説明書(乙六)の交付を受け、右確認書(乙七)に署名押印した。この時も、原告は、右説明書の内容について口頭で説明を受けていない。

(四) 平成二年七月頃、原告は、Cの勧めで購入した株式の価格が低迷したままであったことから、Cに対し、苦情を伝えたところ、Cは、値上りが期待できるとして本件日商岩井ワラントを勧め、原告はこれに応じて平成二年七月一九日、本件日商岩井ワラントを代金三一一万八六四〇円で買い付けた(権利行使期限は、平成五年二月二四日)。

5  本件取引後の経過

被告会社においては、全支店に対し、ワラントを購入している顧客に対しては支店長が担当者とともに訪問し、価格等の説明をするとともに今後の対応を顧客と協議するよう指示した。この指示に基づき、Cは、平成四年二月頃、F広島支店長とともに原告を訪問し、行使期限が迫っていた本件ワラントへの対応を相談した。このとき、CとF支店長は原告に対し、ワラントは権利行使期限経過後は無価値になることを口頭で説明し、原告はこのとき初めて権利行使期限の正確な意味を理解した。原告は、CとF支店長の訪問を受けた後、本件キャノンワラントの売付を委託した。しかし、価格を指値で一一ポイントとしたこともあって売却できず、平成四年四月七日、四〇万七四四六円(二・五ポイント)で売却された。

平成五年二月二四日、本件日商岩井ワラントは、権利行使期限の経過により、無価値になった。

二  ワラントについて

当事者間に争いがない事実に本件証拠(甲二、甲六ないし八、甲二九、甲三七、甲八三、甲九八、甲一〇二、乙一三の1ないし3)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  ワラントとは、昭和五六年の商法改正によって発行を認められた新株引受権付社債(別名ワラント債という。新株引受権(ワラント)部分と社債部分とからなる。)のうち新株引受権のみを分離した証券である。発行会社の新株を、ワラント発行時に予め決められた一定の期間(権利行使期間、通常は新株引受権付社債の発行後数年間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定量(社債額面(ただし、外貨建ての場合、ワラント発行条件決定時の為替レートで換算したもの)÷権利行使価格)購入することのできる権利を表章している。

ワラントは、株価がワラントの権利行使価格を上回る場合であれば、投資者に新株引受権を行使して割安なコストで新株を取得する機会を与えることになるが、株価がワラントの権利行使価格を下回る場合は、新株引受権を行使するメリットがなくなる。したがって、株価がワラントの権利行使価格を上回らないまま権利行使期限を経過した場合、ワラントの新株引受権は行使されず、その権利は消滅し、ワラントは無価値となる。

ワラントの価格は、ワラントの理論価格(新株引受権を行使して得られる利益相当額である。「パリティ」という。)である「(株価-権利行使価格)×当該ワラントが引き受けることのできる新株の数」として計算された価格に、株価上昇期待価値(プレミアム)が加算されたものになる。ワラントの価格は、権利行使期限が近いといった特別の事情がない限り、市場の株価の上下にともなって上下する。ワラントの価格の変動率は、株価より大きい。

2  我が国では、法律上、発行・取引が可能になった後も、分離型ワラント債の発行・取引は、昭和五六年九月三〇日日本証券業協会理事会決議によって、これを行わないとの合意がされていた。しかし、昭和六〇年一〇月三一日同理事会決議によって前述の決議が廃止され、昭和六〇年一一月一日からは国内ワラントの発行及び取引が、昭和六一年一月一日からは外貨建てワラントの国内取引が行われるようになった。

昭和六三年頃から、機関投資家を中心としてワラント取引が活発に行われるようになり、平成元年頃から、個人投資家にもワラント取引が拡大していった。

外貨建てワラントの気配値は、平成元年五月一日から、特定銘柄に限り、業者間取引の店頭気配値が、日本証券業協会によって発表され、それが翌日の経済専門日刊紙に掲載されるようになった。平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われる外貨建てワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになったが、株価のように一般紙には掲載されていない。

3  ワラントの特質(危険性)

以上のような性質を持つワラントには、次の特質(危険性)がある。

(一) ワラントの価格は、株価に連動して値動きするが、株価以上にその変動率が大きく(ギアリング効果)、その売買はハイリターンであるとともにハイリスクである。

(二) 権利行使期限が定まっているため、その期限を経過すると、ワラントを行使することも売却することも不可能になり、投資金額全額を失うことになる。

(三) 価格決定過程が複雑であり、店頭における相対取引であるため、外貨建てワラントの取引価格の公開性がない。平成元年五月一日までは一般投資家は、証券会社に問い合わせるしか、ワラントの取引価格を知り得なかった。

4  日本証券業協会は、平成元年四月一九日の理事会決議(同日施行)で、外貨建てワラントについて、証券会社から顧客に対してワラントに関する説明書を交付すること、顧客の判断と責任において取引を行う旨の「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴求することを定めた。平成二年三月一六日、協会は、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号)の一部を改正し(同年四月一日施行)、証券会社が新株引受権証券取引にかかる契約をしようとするときは、日本証券業協会が作成する説明書を顧客に交付し、かつ顧客から確認書を徴求することが定められた。

第四当裁判所の判断

前項認定の事実関係を前提に被告会社の債務不履行ないし不法行為責任について判断する。

一  本件株取引について

担当者のした勧誘行為が不法行為となる否かは、勧誘行為が証券取引法の禁止する不当勧誘行為に当たるか否かに止まらず、広く社会通念から見て外交員に許された勧誘行為を逸脱しているかどうか具体的に検討して判断すべきである。

本件で、「仕手筋が入っている」との情報が、虚偽の情報であると認めるに足りる証拠はない(むしろ、乙一七・一八号証によれば、本件株式についての仕手情報が認められる。)。

また、本件株式については、仕手筋が入っていたとしても、必ずしも、実勢を反映しない作為的相場が形成される状況にあったと認めるに足りる証拠はない。

更に、原告は、Cによって断定的判断の提供がされたと主張するが、原告は、豊富な自己資金を活用して株式投資を昭和五九年頃から行ってきており、被告会社の担当者の勧めによることなく自ら銘柄を選択してその購入を求めたこともあるのであり、Cが値上りを強調して株式の購入を勧めたとしても、そのことをもって違法な断定的判断の提供であるとすることはできない。そして、他には本件株取引にあたり、被告の従業員に債務不履行又は不法行為該当事由があったと認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の本件株取引についての債務不履行及び不法行為の主張は失当である。

二  本件ワラント取引について

1  適合性の原則について

(一) 有価証券取引のもつ危険性、証券会社と一般投資家との専門知識の違い、特に一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態に照らせば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の意向、投資経験及び資力等を考慮し、顧客に最も適した投資が行われるよう配慮すべき義務(適合性の原則)があると解すべきである。

ワラントの発行・取引自体は法律上禁止されておらず、ハイリスクはあるが、他方ハイリターンの期待もあるのであり、外貨建てワラント自体の内在的欠陥は認められないから、外貨建てワラントであっても、適切な説明がなされたうえ、投資者の意向・経験・資産に応じた取引をすることは可能であると認められる。

したがって、外貨建てワラントの取引が一般的に許されないと解することはできない。

(二) 原告は、本件ワラント取引が行われた平成元年当時、四〇歳の開業歯科医であり、株取引については豊富な経験を有していたのであり、本件ワラントの取引価格が、本件キャノンワラントで七〇七万八五〇〇円、本件日商岩井ワラントで三一一万八六四〇円であり、原告の資産・資力(前記認定の証券取引の態様からすれば相応の資金力を有していたものと認められる。)を考慮すれば、原告に本件ワラント取引の適合性がないということはできない。

(三) したがって、本件ワラント取引が適合性の原則に反する旨の原告の主張は採用できない。

2  説明義務について

(一) 有価証券取引のもつ危険性、証券会社と一般投資家との専門知識の違い、特に一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態、更には、昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」、平成元年四月一九日付け(同日施行)社団法人日本証券業協会理事会決議「外国新株引受権証券の店頭気配値発表及び投資勧誘について」、社団法人日本証券業協会作成の「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号、ただし、平成二年四月一日施行以後のもの)といった規定を総合すれば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の職業、年齢、投資目的、投資経験及び資力等を考慮したうえ、投資者に対し、勧誘する商品の有理性のみならず、その危険性についても投資者が理解できるように説明する義務(説明義務)がある、と解すべきである。

有価証券取引は、その性質上、危険を伴うものであり、投資者がその判断と責任において行った有価証券取引の結果については投資者自身が引き受けるべきものである(自己責任の原則)が、投資者に自己責任を求める前提として、証券会社及びその従業員に商品である有価証券について説明する義務を要求することは、自己責任の原則と矛盾するものではない。

ワラントについては、前記のように、ハイリターンの可能性がある反面リスクも高く、権利行使期限があって新株引受権を行使しないまま期限を経過すると無価値になる危険性があり、これらに照らすと、証券会社が証券投資を業としていない個人に対してワラントの購入を勧誘するに際しては、ワラントの商品内容、当該取引に伴う危険性等投資判断にあたって重要な要素となるべき事項について具体的に説明する信義則上の義務があるというべきである。そして、投資判断にあたって重要な要素とは、取引に至る経緯、適合性の高低、勧誘文言等具体的な事情を総合して判定されることではあるが、少なくとも、(1)ワラントは株式とは異なるもので新株引受権を表章する権利であること、(2)株式と比較すると危険性の大きいハイリスク・ハイリターン商品であること、(3)ワラントには権利行使期限があり、それを経過すると無価値となるものであること、以上の三点については具体的に説明しなければならないと解すべきである。

この点に関し、原告は、証券会社の説明義務の内容として、右以外にワラント取引が証券会社との相対取引であること等詳細な事実を具体的に説明する義務があると主張している。しかし、証券投資は基本的には投資家が自ら調査判断して行うべきものであることからすると、ワラント取引の適合性を肯定できる投資家に対しては、原告が主張しているような詳細な事項についてまで証券会社において積極的に説明すべき義務を認めるのは相当ではない。投資家は、証券会社が行う前記の説明に基づき、自ら調査しあるいは証券会社に対して質問する等してワラントについての詳細を自らが把握すべきものであると考えられる。証券会社による前記の説明で右のような対応をすることが期待できない者についてはワラント取引の適合性を否定することによってこれを保護すれば足り、説明義務の内容を詳細にすることで対応するのは相当ではない。

(二) 前記認定の事実によれば、本件キャノンワラントを購入した平成元年一一月一七日時点におけるCの原告に対するワラントの説明は、前記三点のうち、ワラントがハイリスク・ハイリターン商品であることについてはこれを尽くしているといえる。また、ワラントが新株引受権を表章する権利であることについては、本件ワラント取引以前に行った国際証券との取引に際し、Eから説明されてこれを理解していた。しかし、ワラントには権利行使期限があり、それを経過すると無価値になるという点については、十分な説明があったものとは評価できない。確かに、原告は本件ワラント取引以前に国際証券においてワラント取引をしており、その際、営業担当者からワラントの商品性に関する一応の説明は受けているが、原告は他社でワラント取引をしていることをCには伝えておらず、Cもそれを知っていたわけではないのであるから、原告が他社でワラント取引をしていたとの事実は、被告の説明義務を軽減する理由にはならない。また、原告は本件ワラント取引当時においては、国際証券の営業担当者による説明にもかかわらず、権利行使期限の正確な意味内容を理解し、ワラントが右期間を経過すると無価値になる商品であることを認識していたとは認めがたいことは先に認定したとおりであるから、この点についても被告の説明義務の内容を軽減することはできない。次に、原告は、国際証券との全日空ワラントの取引の後、預り証を交付され、また、本件キャノンワラントの取引の後には、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙四)、平成二年四月頃には、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書・外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙六)の交付を受け、これらの書面には、ワラントが期限経過後に無価値になる旨の記載がある。しかし、ワラントが株式とは異なる最大の特質は、ワラントには権利行使期限があり、それを経過すると無価値になるという点にあり、この点の理解が十分でない場合には、一般個人投資家が、価格が低落しても長期間保有すれば価格回復の可能性があり、無価値となることはほとんどないと誤解する危険性は大きいのであるからこの点に関する投資家への説明は明確かつ平易に行うべき法律上の義務があるというべきである。このような観点から、被告による説明書の送付が右義務を尽くしているといい得るかどうかについてみるに、確かに、原告が平成元年一一月一七日に本件キャノンワラントの購入を電話で約定した後の同月二四日、原告はCの代わりに代金の決済のために自宅を訪問した被告会社の従業員から外貨建てワラントの説明書(乙四)の交付を受けたが、そこには「ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格をもつ証券です」との記載がある。しかし、ワラントについて、いったん購入の合意をした後に説明書が交付されたとしても、説明もなく単に交付されただけの説明書を読んでその内容を理解することは、一般の個人投資家にとっては困難であるというべきであるから、右書面が合意の約一週間後に原告に交付されているからといって、被告の従業員による説明義務が尽くされたものとは評価できない。本件日商岩井ワラントの購入の約四か月前にも右説明書と同趣旨の記載のある説明書(乙六)が原告に交付されているが、前同様の理由で説明義務が果たされたということはできない。

3  結論

よって、原告が本件ワラント取引を行うにあたっては、被告会社の従業員に説明義務違反の違法があり、右違法は被告の従業員が被告の事業の執行につきなされたものであって、かつ、本件ワラント取引における契約上の付随義務違反と評価できるものであるから、被告会社は原告が本件ワラント取引によって被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三  損害額について

1  原告は、ワラント取引の危険性の説明を受けていれば、本件ワラント取引をしなかったと認められるから、原告が出捐した本件ワラントの買付代金合計額一〇一九万七一四〇円から、売却した本件キャノンワラントの代金四〇万七四四六円を控除した九七八万九六九四円が、Cの説明義務違反行為により生じた損害と認められる(本件日商岩井ワラントについては権利行使期限が経過したのでその価値はゼロである。)。

2  原告は、開業医であり、株取引についても豊富な経験を有していたのであるから、証券取引の一般的な危険性については認識しており、ワラントを理解する能力は十分であったと認められる。また、本件ワラント取引以前に国際証券との間でワラント取引の経験も有しており、その際には、国際証券の営業担当者からワラントの商品性について比較的詳細な説明を社内用印刷物等を利用して口頭で受けていたのであり、そこでは、権利行使期限経過後のワラントの価値について明確な説明がされたとは認め難いものの、営業担当者から、ワラントには「権利行使期限」があるということ自体は説明を受けていたこと、原告は、本件キャノンワラントの取引の後、権利行使期限後はワラントが無価値になる旨の記載のある説明書の交付を受けており、これを読めば、その後の本件日商岩井ワラントの購入を避けることができたし、本件キャノンワラントを早期に処分して損害を回避することもできたはずである。したがって、本件ワラント取引によって前記損害が生じたことに関し、原告にも相当の過失があったと認めるのが相当である。

したがって、原告の右過失を斟酌し、右認定の損害のほぼ三割に相当する二九三万六九〇八円が被告従業員の説明義務違反と相当因果関係のある損害として被告が賠償義務を負担する原告の損害であるというべきである。

四  まとめ

原告は、被告に対し、本件ワラント取引に関し、債務不履行又は使用者責任による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金合計二九三万六九〇八円及びこれに対する原告から被告に対し本件についての支払催告がされた平成四年五月一一日(この事実は弁論の全趣旨によって認める。)の翌日である平成四年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる(原告は遅延損害金として年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、これを認めるべき理由はない。)。

第五結論

よって、原告の本訴請求は、二九三万六九〇八円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤誠 裁判官 白神恵子 裁判官 遠藤東路)

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